光秀の愛したプリンと私

こんにちは。明智光秀が好きすぎる人です。名前は植村勇輝です。明智光秀をテーマにした洋菓子店「明智茶屋」の初代店長です。

 

ひとつもねーな問題

光秀の愛したプリンと私。いいタイトルですね。なにか想いがあるのだろうなーと感じられるテーマです。そりゃまぁ、すげーですよ付き合いは。一番長い商品なのです。

出会ったのは、とゆうかこの世に産声をあげたのは、2015年のとても暑い夏の日でした。オープンしてまもなく気づいたのがこの店、明智光秀の商品ひとつもねーな!!!です。

「バカみたいな店の名前だな。入ってみるか。カランコロンカラン。‥(どれどれ、いちごのショートケーキ、チーズケーキ、コーヒーも飲めるのか。)‥こっ、この店、明智光秀の商品ひとつもねーな!!!!」です。

いやー考えてなかったです。当時考えていた事とゆうと、甲冑着て接客をするとか、「はいかしこまりました」などの言葉は全て「御意」で統一させる。とかです。

(ちなみに2019年7月17日京都高島屋にて「甲冑着て接客する」を達成できました。)

まぁそんな背景があって明智茶屋の初の光秀商品「光秀の愛したプリン」が誕生したのですね!

誕生したら誕生したで次の試練がやってきました。

 

 

答えがわからん問題

看板商品ができたので、なんかあったらプリンをプッシュするようになりました。

そして、お客さんに話しかけてもらう事が多くなりました。

もともと、人と話すのが好きなほうなので、お客さんと話ができるような空間がいいなと思い設計したので話しかけてもらうのはかなり嬉しいのです。

しかし、どんな時も問題は発生します。

このプリンって本当に光秀が愛したのですか?」とゆう問いに対してどういった立ち回りをすればいいのか全然わからなかったのです。

この問いに対して最高の答えでおもてなしをしたい。なるほど!となる回答を差しあげたい。サービス精神が異常な方向に育ってゆき、いつのまにかこれは大喜利なのか?試されているのか?といった思考になりました。

生唾をごくりと飲み込み、塾考を繰り返す。その時の表情、タイミング。人間一人一人個性があります。この問いに対し、何パターンか引き出しをつくりその人にあった回答を準備する。数ヶ月もするとプロのプリン売りになっていました。

ちなみにこのときの回答は『龍馬』『たまこ』『ロマン』と3つの戦法を使い分けていました。

*龍馬戦法・・・坂本龍馬の時代に日本にカステラが伝わった事実を伝えるという、遠回しに答える方法

*たまこ戦法・・・光秀の愛した娘の名前はたまこ。たまこ・・たまご。たまごを使った洋菓子。プリン。

*ロマン戦法・・・歴史とゆうものはわからない、わからないからこそロマン!!と論理すり替え法を使った手法

 

このように3つの戦法を使い分けていましたが、「これではいけない」と心の中ではわかっていました。

なぜかというと答えに核がないのです。お客さんがニヤリとなる答えにはなっていないのです。

自分の口からでる言葉に楽しさはなく、さばいていく感覚が悲しいのです。自分が一番ニヤリとなってない!自分の心が一番わかっている!プロのプリン売りは嘘をつきたくないのです。

 

そう、明智光秀はプリンを知らないと思うのです。

戦国時代にプリンはないと思うのです。

 

そして時が経ち、「最高の答え」を意識した毎日の中でうまれたコピーは

「光秀の愛した土地で産まれた卵のみを使ったプリン」

これは本当。自分が作っているから。強引な言葉だけど嘘をついてないので、安心してお客さまに届けられる。

最高の答えが爆誕しました。

 

大事なお知らせ

8月の上旬(未定)から「光秀の愛したプリン」は内容とパッケージの変更をします。

もう知っておられる方もおられるかもしれませんが高島屋京都店にて新光秀プリンを販売しました。

内容は卵から卵黄のみに変更し、濃厚な仕上がりにしました。

その他の材料比重は変えず、焼き方を試行錯誤しました。

この焼き方がかなり難航し、やっとの思いで完成したので是非食べてもらいたいです。

これまでと同じように固めで素朴、そして濃厚なプリンになってます。

 

長い間、「光秀の愛したプリン」を愛して頂きありがとうございました。

開店当初からちょうど4年間で合計1万個販売しました。

そしてこれからも「光秀の愛したプリン」をよろしくお願いします。